カズオ・イシグロ「日の名残り」

2017年にノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロ。

そのずっと前、1989年にイギリスでブッカー賞を受賞したのが「日の名残り」です。

ブッカー賞とは、その年に出版された最も優れた長編小説に与えられる最高権威の賞。

難しい本なのだろうか…と少し心配して読み始めましたが、すぐにそうではないことが分かりました。

美しいイギリスの風景や伝統。

苦悩しながらも素晴らしいひと時を見つける人間の美しい人生。

そのふたつが詰まった素晴らしい小説でした。

あらすじ

長年ダーリントン・ホールで執事として立派に勤めてきたスティーブンスは、新しい主人の提案で数日間旅に出ることになった。

品格とは何か、偉大な執事とは何か。

美しい田園風景を眺めながら、宿でのひと時を過ごしながら思いをはせるのは、お屋敷の執事という職務のことや、長年仕えた前の主人ダーリントン卿のこと。

そして執事の鑑であった父。

女中頭のミス・ケントン。

ふたつの大戦のさなかにダーリントン・ホールで催された重大な外交会議の数々。

いつ何時もぬかりなく執事という職務をまっとうしてきたスティーブンスの心を今揺さぶるのは、過去の思い出の中にある出来事だった。

立派な執事であった父が弱りゆく姿。最後の言葉。

ミス・ケントンがふとしたときに見せるいつもと違う様子、屋敷を去る間際のやり取り。

失ったものに気づいたスティーブンスが旅の終わりにたどり着いた人生とは。

感想

読み終わった後しばらく余韻が残りました。

号泣ではなく、静かに目に涙がとどまるラスト。

ここ数年読んだ本の中で一番の名作かもしれない、と思いました。

始まりから終わりまで、スティーブンスの美しい言葉が音楽のように軽やかに流れ物語を紡いでいきます。

車で一人旅をするスティーブンスが思いを巡らすのは、まず品格ある執事という職務について。

それから慕っていたダーリントン卿への想い。

ダーリントン卿の立場や死後の世間の評判に心を痛めながらも、イギリスの美しい田園風景を見て素朴な人々と交流する中で、次第に今まで閉じていた心が開かれていく様子にグッときました。

父が弱っていく姿に目を向けず、気づかぬふりをして自分の職務をまっとうしたこと。

そんな自分に父の様子の変化をきっぱりした態度で伝えてくれたミス・ケントン。

死に際に見せた父の後悔の念。

華やかな舞台の裏で身の回りに起きていた様々な出来事や鈍感だった自分のことが、年月を経て職務をいっとき離れた今、分かるようになっていく様がなんともいえず切なすぎます。

旅の目的だった十数年ぶりのミス・ケントン(結婚してミセス・ベンになっている)との再会のシーンは特に胸が痛みました。

自分の立場をわきまえ常に謙虚で礼儀正しく、ただひたすら真面目に生きてきた人が痛まなくてはいけない人生ってなんでしょう。

残酷さが悔しい。

それでも。

後悔に胸を痛めるスティーブンがたどり着いた人生の教訓が素敵でした。

最後の数ページ、特に最高です。

偶然出会った見知らぬ男がナイスです。

最後まで読んで「ああ、そういうことか!」と、この本のタイトルの素晴らしさに感動しました。

 

本の内容の素晴らしさはもうもちろんですが、まず最初にはっとしたのは訳の素晴らしさでした。

本当に言葉が綺麗で綺麗で。綺麗な言葉で語られる物語が最初から最後まで心地よいのです。

この流れるような美しい言葉遣いは主人公の人格を現すのにとても重要でした。

英語から日本語に訳された文、ということを意識して本を読んだことはあまりなかったですが、今回ははっとしました。

 

「日の名残り」は映画化もされているそうですが、本も映画もなんの前情報もなしに読みました。

タイトルと作者に惹かれて手にとった本です。

本当に面白かったです。

思い出しす度にじんわりする、誰にでも勧めたくなる本でした。

 

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